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2005.04.20
岡本敏子さんまで逝ってしまわれるとは。
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面識ある方々の死が続いています。
リンク: 河北新報ニュース 岡本敏子さんが自宅で急死 岡本太郎記念館館長.
20日午前10時ごろ、東京都港区南青山6ノ1ノ21、岡本太郎記念館館長岡本敏子さん(79)方の自宅で敏子さんが死亡しているのを同館職員が発見、110番した。病死とみられる。
万博で岡本太郎気取りのやつがいるなど、まだまだ敏子さんにはがつんと言って欲しかったのですが、15年ほど前のからの状況からすると岡本太郎を巡る言説はかなり正当な評価のものとなっていて、これはもうすべて敏子さんの尽力の賜物なわけです。ひと仕事終わったということなのでしょう。お疲れさまでした。
敏子さんからは、何回か目の話を聞かされたと記憶しています。いい目をしているかどうかが問題なのだと言われているのだなあ、自分はどうなのだろうと情けないことにボケっと聞いていました。
一言付け加えるならば、敏子さんはめちゃめちゃ陽気で気分がいいと踊り出さずにはいられないパワフルな人でした。心からご冥福をお祈り申し上げます。
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投稿:by いしたにまさき 2005 04 20 01:26 PM [訃報] | 固定リンク
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» 東京アムール④岡本太郎記念館 from alkaline@blog
(続き)
さて、岡本太郎記念館。夫人、ではなく、戸籍上は養女で。でも敏子夫人ですよ、館長さん。
3年前と同じ季節に私はココに来ていたんだな。鯉のぼりが吊ってある。
¥
私はお母さん達とか先生とか、若い世代を指導する人達に言いたい。
あなた方がこれはやってはいけないことだ、と思われるようなことこそ、
大ていの場合、むしろやらなきゃいけないことである。
『芸術と青春』(光文社 知恵の森文庫)より
糸井重里のほぼ日刊イトイ新聞読んでて泣いちゃった。
散財気味の旅だったけれども、... 続きを読む
受信: Apr 28, 2005 5:35:31 AM