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2006.01.10
女王の教室の再放送で見えてきたもの・キャラクター編。
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女王の教室の放送をあるクオリティに引き上げていたのは、まちがいなく子供たちの演技であると思うが、キャラクター造形としては神田和美以外はそれほどうまくいっているとは思えない。
ちゃんとキャラクターされているのは、やはり女王こと阿久津真矢である。では、その原型はどの辺から探れるであろうか。
ある目的のために、真相は隠蔽するというのはまあよくあるタイプであるが、上に立つものとしては、赤ひげなんていうのがその典型かと思われる。
ただ、真矢の場合、子供たちに自分の真意が知れたところで、特に態度を変えはしない。さらに、学校を出るともっとひどいことになるのであるから、学校ではあえて壁となるというのは、実に軍隊的な発想でもある(軍隊の教育というのは、その教育目的が人殺しであるところを除けば、基本的に全部正しいと思う)。
つまり、真矢=鬼教官、ていうか鬼軍曹。
で、鬼軍曹と言えば、すぐに思い出すのがフルメタルジャケットのハートマン軍曹。
この限界バリバリな教官、実は本物であることは有名な話であるが、それはそれとして真矢との共通項はこんな感じ。
- ターゲットをロックしていじめる
- ターゲットを追い込む
- ターゲットは時として変更される
- ターゲットの人格を変えてしまう
人格改造まで言ってしまえば、教育は成功であり、同時に行きすぎだ。ただ、軍隊では行き過ぎないと人死んじゃうから、軍隊はこうなって当たり前。
じゃあ、それを小学校に持ち込むのはどうなのかってことだ。
ゆとりだの個性の尊重だのせいで、子供ですら「人権の侵害」とか言い出すようになっているのは女王の教室でも描かれているとおりである。女王の教室にて、訴えたかった部分とはそういう風潮に対するアンチとは捉えられる。
つまり、乱暴にまとめると!
人間なんてものは行動を変えると意識(気持ち)が変わり、さらに行動が変わっていくのであり、意識(気持ち)を変えて、行動を変えるなんていうことは実はほとんどできないものであり、そのことを教えることこそ(現場)教育であるということだ。
じゃあ、なんでこんな当たり前のことをわざわざこんな回りくどい方法で伝えなければならなかったのか?という疑問が残ります。キーワードになるのは、再三出てくる「最後までやり通せ」ってことでしょうか?
もうちょっと続きます。
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投稿:by いしたにまさき 2006 01 10 03:17 PM [映画・テレビ] | 固定リンク
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