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2006.02.24
mixiサイドバー問題からWebのインターフェイスについて一考察(Movable TypeとPlaggerの融合)。
mixiのサイドバー問題について、やっとすっきりした回答を得られた気がします。言われてみれば、そうそう!それそれ!ってなもんです。
akiyan.com : mixiに現れたサイドバーの不快感の本質とは
答えはシンプルだ。増えたサイドバーの内容がユーザー個人とは無関係だからだ。
これは読むという行為の先にあるコンテンツの違いについて述べられている。で、ふと思った。行為が違うのであれば、実はコンテンツは何に入れ替えてもオッケーなんじゃないんだろうか?ということである。
■書くという行為
Webインターフェイスでは読むという行為がひどく重視されてしまうが、それも昔の話で、今はWebで書くという行為が日常的に発生している。読むと書くとでは何もかもがまったく違う。それはコンテンツ違いどころの騒ぎではない。
■何に入れ替えてもいい
で、ちょうど先日まさに何に入れ替えても使えるようなものがアップデートされた。Plaggerである。
Plagger 0.5.2 をリリース: blog.bulknews.net
Plagger 0.5.2 をリリース。
Plaggerにはコアがない。もちろん config.yaml というファイルにブロックとなっているPluginに関する記述をする必要はあるが、コアエンジンという発想がない。つまり、どこのUI(今のPlaggerにはUIそのものがない)にも入れ込むことが可能だ。
しかも、Plaggerが設計された基本意図は読むという行為における情報を取るという部分の問い直しである。必要な情報にいかに短時間でたどりつき、それをできるだけスマートな形でアーカイブ化できるかということである。
akiyan.com : mixiに現れたサイドバーの不快感の本質とは
ほんとうにユーザーにとって必要な情報なら横幅が広がってスクロールが必要になったぐらいではこういったことは起きないだろう。
だから、たぶん書くという行為と読むという行為は同居してもよく。あまつさえ、サイドが増えまくって横幅が画面いっぱいになっても問題ないんじゃないかと思える。
ということはだ。こんな画面インターフェイスができてもいいんじゃないかと思う。
1枚の画面で書くという行為と読むという行為が同居し、しかも読むものはPluginを取捨選択して、何に入れ替えてもいい(Gmailでもはてブでもflickrでもdeliciousでも)。しかも可視化されていればなんの問題もないことはmixiが証明している。
akiyan.com : mixiに現れたサイドバーの不快感の本質とは
mixiのホーム画面はとてもよくできていて、mixiで関係をもったものの最新情報を一望できる。この一覧性のユーザビリティは非常に高い。
ということで、もう一度ここに戻りたい。
akiyan.com : mixiに現れたサイドバーの不快感の本質とは
答えはシンプルだ。増えたサイドバーの内容がユーザー個人とは無関係だからだ。
行為の違いとコンテンツの違いでは、圧倒的に行為の違いの方が人に関与する部分は大きい。だから上記の引用はこう書き換えてもいいはずだ。
答えはシンプルだ。従来のホーム画面は読みたいものであり、増えたサイドバーの内容は読まされるものだからだ。
mixiはぼくらがなにかをする場所だった、そこでぼくらがなにかをされる理由はどこにもないとしかぼくには思えない。
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投稿:by いしたにまさき 2006 02 24 07:25 PM [ネット全般] | 固定リンク
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