みたいもん

トップ > 写真 > なぜ私は楽しみながら、写真を撮るのですか?

いしたにまさきの新刊:HONDA、もうひとつのテクノロジー ~インターナビ×ビッグデータ×IoT×震災~ 01 それはメッカコンパスから始まったHonda、もうひとつのテクノロジー 02 ~インターナビ×GPS×ラウンドアバウト~ 運転する人をサポートすることHonda、もうひとつのテクノロジー 03 ~インターナビ×災害情報×グッドデザイン大賞~ 通行実績情報マップがライフラインになった日

HONDA、もうひとつのテクノロジー ~インターナビ×ビッグデータ×IoT×震災~ 01 それはメッカコンパスから始まった (カドカワ・ミニッツブック) Honda、もうひとつのテクノロジー 02 ~インターナビ×GPS×ラウンドアバウト~ 運転する人をサポートすること<「HONDA、もうひとつのテクノロジー」シリーズ> (カドカワ・ミニッツブック) Honda、もうひとつのテクノロジー 03 ~インターナビ×災害情報×グッドデザイン大賞~ 通行実績情報マップがライフラインになった日<「HONDA、もうひとつのテクノロジー」シリーズ> (カドカワ・ミニッツブック)

2007.12.12

なぜ私は楽しみながら、写真を撮るのですか?




Clip to Evernote

このエントリーをはてなブックマークに追加

その理由は、絵筆に才能がまるでなかったからというしかありません。コンピューターで絵が描けるようになっても、やはりその状況に変化はありませんでした。

だから、写真を撮るわけです。

今のところ、私にとってこの世界と表層という土俵で向き合うためのベストな方法であるからですね。

そういう意味で、私にとっては写真というのは絵画の延長にありますし、歴史的にみても、写真は絵画の延長であると考えるべきです。

ところが、なんというか世の中というのはよくできたもので、写真ほどむずかしいものはないと常々思っています。

それはなんとなれば、つまりシャッターというのは、とりあえず押すことができてしまうというところにあります。

職業的映画作家としてのゴダールがこんなことを言ってます。

 リンク: ゴダールインタビュー2.

私 が若い人たちによく言うのは、昔は小さなデジタルカメラは存在しなかったけれど、こうした道具があるためにいっそうこの仕事は難しくなっているということ です。誰でもデジタルカメラを買ってそこにある木を撮影することはできる。でもそれが映画になるわけではない。絵筆さえあれば誰でも画家になれるわけでは ないのと同じです。

撮れてしまうということと、撮れるということは全く別のことであるということですね。

はい、なんともよくわかる話です。実績を積んだ大人にはこういうことをもっと言ってもらわないといけない。

でだ。

問題が写真となると一層やっかいなことになります。

ゲルハルト・リヒター写真論/絵画論

ゲルハルト・リヒター写真論/絵画論

この本でリヒターは「私はカメラという機械に嫉妬する」とはっきり言います。

まあ、なんてことを言うんだと思います。リヒターというのは、おそらく現役の画家の中では最高峰の絵筆の技術を持った人です。

つまり、リヒターに取って写真の様なリアルな絵を描くということは、朝飯前なんですね。

その人が言うわけです。「私はカメラという機械に嫉妬する」と。

つまり、絵筆における技術を身につけたところで、カメラに勝てるわけではないんです。

むしろ、カメラの方が表現のピュアさにおいては、はるかに先を行っているわけです。

ああ、ホント写真ってむずかしい。

そして楽しい。

« YouTubeおすすめ動画にいしたにまさきが選ばれていたそうです | トップページ | iKnow!が日記でtwitterに対応 »

投稿:by 2007 12 12 10:51 AM [写真] | 固定リンク

トラックバック

この記事のトラックバックURL:

この記事へのトラックバック一覧です: なぜ私は楽しみながら、写真を撮るのですか?:

 
We are bloggers.