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2008.03.06
YouTube的なものと、USTREAM的なものの分岐点
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動画人JAPAN以降、動画を作る人は増えた気もするし、そうでもない気もしています。
動画を見る機会というのは、確実に増えている中で、その辺のところを今更ながら、再確認してみようかと思います。
動画というのは、それなりに大変です。どう少なく見積もっても、最低2人は必要です。また、コンスタントにコンテンツを作ろうと思うと、稼働している人が数人いないと実際には回りません。
- 撮影する人(2人ぐらい)
- 編集する人
- 出演する人(2人ぐらい)
それで、動画人JAPANでは、ワークフローという形のプレゼンをやらせてもらったわけです。
▼動画人JAPAN 2008にトーキョードリフト登壇!
リンク: 動画人JAPANにて「トーキョードリフトのワークフロー」をプレゼン.
ところが、世の中にはそれを一人でやり続ける奇特な人もいるのですが、その人がこんなことを言ってます。
リンク: 動画人JAPANのその後で - webdog.
動画を使ってど うしたいのか。 完パケしたものを見せてアーカイブしておくのが目的か(YouTube的)。それともコミュニケーションとその記録なのか(USTREAM的)。 後者は日常的な行為の延長ですが、前者は恐らくほとんど大多数の人にとって面倒で難解な作業です。敷居が高いからこそ逆に、編集ソフトの使用法などに関心 を示す人が多いのでしょう。早晩そんな面倒なことには飽きるか挫折する人が多数出て来ますから、そこばかり盛り上げることに注力しても徒労に終わるような 気がします。
JDは、YouTube的なものと、USTREAM的なものを、 完パケのアーカイブとコミュニケーションとして分けています。これはもちろん正しい。BroadcastとLivecastの違いですからね。
私は、特にいわゆる素人が動画を作る場合には、どうしたいのか?よりも、どうやって作るか?の方が大事だと思ってます。「どうやって」のノウハウが蓄積すれば、コンテンツは勝手についてくると、ほぼ盲目的に思ってます。
で!
「どうやってのノウハウの蓄積」というところに注視すると、ここで「個人」と「チーム」の差が大きく効いています。
個人の場合、やはり速報性や機動性を高めるべきです。それは当然USTREAM的なものになっていきます。
チームの場合、編集に重きをおくべきです。それは当然YouTube的なものになっていきます。
それは、そもそも個人やチームの持っている特性を考えると、まずはそこを延ばす方がいいコンテンツを作るためには、効率がいいからです。
ただし、JDの様に、ひとりでさくっと作ることと、複数人数で時間を小分けに提供して作ることというのは、なあーーーーんにも相容れないことではない訳です。
どっちも正しい。つーか、どっちも面白い。つまり、YouTube的なものもUSTREAM的なものも、どっちも面白い。
ただ、私は「人生には部活が必要だ」と思っているので、チームを選んだ結果、YouTube的なものにトライしているだけのことです。
コンテンツを作るためには、残念ながら積み上げというものが必要で、そこにはやはり順番というものがあるのだと思います。
で、その順番をまちがえるのは、あんまりリーズナブルなことではないと思うのです。
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投稿:by いしたにまさき 2008 03 06 03:37 PM [ブログと動画,youtube] | 固定リンク
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