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2009.08.13
繰り返しに手にするべき本としての『新世紀メディア論』
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ここ3ヶ月ほど、ほぼ毎日のように手にしては、繰り返し眺めてはそこに書かれていることと、そこに書かれるに至ったことを、その後起きていることを反芻し、さらにまた繰り返し考える本があります。
こばへんの『新世紀メディア論』です。

この3ヶ月の間、まるでこばへんの予言通りとでも言うかのように、まず雑誌の崩壊が止まりません。象徴的なのは『STUDIO VOICE』の休刊の発表でしょう。
リンク: webDICE - TOPICS - STUDIO VOICE 8月6日発売号で休刊!!.
次々と雑誌が休刊に追い込まれる2009年、メディアの大きな変わり目の渦潮の中に私たちはいるのだと実感。
リンク: 日本を代表するカルチャー雑誌『STUDIO VOICE』が8月発売号で休刊 -bookニュース:CINRA.NET.
情報 の真偽の確認のため、編集部は発行元に問い合わせてみたものの、本記事掲載時点では明確な返事は得られなかった。しかし、有限会社アップリンクが運営する 『WEB DICE』で掲載されている通り、編集長の浅井隆氏がSTUDIO VOICE編集長の松村正人氏に確認をとったところ、経営側の判断として今回の休刊が決まったとの情報を得ている。
twitterなどでも、その休刊を嘆く声も聞かれましたが、まあ「だから遅すぎると言ったんだ!」ってことですよね。
実際、私も最後に買ったSTUDIO VOICEって、たぶん5年以上前には遡ると思います。じゃあ、この5年間ぐらいって、どこから情報を取っていたかというとネットということになるわけです。
Wired Japanをこばへんが創刊した頃、私は個人的には人生の岐路に立っていました。そういう時期にああいう雑誌を見るもんじゃないですね。もうすっかりやられました。
ああ、この先時代はこっちに行くんだ!ああ、わかった、おれそっち行くよ!と大きな理由も分析もなく、ただ確信していたわけです。
ということで、実はこの『新世紀メディア論』出版記念パーティで、私はこばへんにサインをもらっていました。

このサインをもらっているとき、某社シャンパン社長からつっこみを受けてしまいましたが、私はホントにうれしかったのです。

当時、時代はこっちだ!と言われ(ある意味まんまとだまされて)、こっちにきて今のところ楽しくやってます。
その人本人からサインをもらっていたわけですから、これがうれしくなくてなにがうれしいんですか?
ということで、3ヶ月前に買って、一度読んだみなさんも、ぜひもう1度どうぞ。なんか2009年はいろんな意味で、おかしな年であることの理由の一部が、この本の中に既にあることがわかると思います。
【関連リンク】
リンク: ブック・コーディネイター 内沼晋太郎さん(3)本の流通は未開拓のフロンティア -- 2009/06/26 -- 新世紀メディアパブリッシャー インタビュー .
先ほどのデジタルとアナログということでいうと、最近の本では小林弘人さんが『新世紀メディア論』で言っていることと、今福龍太さんが『身体としての書物』 で言っていることがそれぞれ象徴的で、両方とも大切なことだと思います。ある意味では当たり前のことが書いてあるというか、この2冊が広く読まれて内容を 共有できる人が増えれば、いろいろ話が早いなと思います。
リンク: 小林弘人が「メディアレビュー・ジャパン」を創刊! : Gizmodo Japan(ギズモード・ジャパン), ガジェット情報満載ブログ.
メディア好きの人は、プロレスの場外乱闘を期待するかの気分でウォッチし続けてもらえると、いいかもしれません。
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投稿:by いしたにまさき 2009 08 13 11:20 AM [ロギングされる僕ら] | 固定リンク
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