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2011.10.07

スティーブ・ジョブス追悼で、もうさみしくて仕方がないひとつのこと




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2011年10月6日。この日、朝起きるといきなりとんでもないけど、いつかくることがわかってきたニュースを知ることになった。

スティーブ・ジョブス死去。

この日は、私はとにかくやらなくてはいけないことが山積みで、とにかくすぐに家を車で出なくていけませんでした。

とりあえず、やったことは、自分として記念となるはずの公開前のエントリーを予定時間前だったので、引っ込めることでした。

とりあえず、このエントリーをきょう公開してはいけないということだけを判断して、家を出たというわけです。

その後も、車移動→用事→車移動→打ち合わせ→取材→打ち合わせ→車移動という感じで、情報を取る時間もないし、感慨にふけったり、なにかを思い出したりする時間もほとんどありませんでした(結果的には気が紛れてそれでよかったと思います)。

IMG_0202

とはいえ、隙間の時間にツイッターなどを見ると、情報は望まずとも目に入り、特に先日行ったばかりのアップル本社のエントランス前で半旗を掲げているという写真は、心に迫るものがありました。

少し考える時間が出てきて、まず思ったことは、やっぱり2011年ってのはなんていう年になってしまったんだろうということ。

変に総括するつもりはないんですが、「2011年ってのは、いつかくることがわかっていたものがきて、みんながそれを理解してしまったことをみんなが知ることになってしまった年なのかもしれないな」、こういうことなんじゃないかと思いました。

これは「災害とソーシャルメディア」という本の中で、著者の小林啓倫さんに教えてもらった視点です(この本は地味だけど、とてもいい本なのでみんな読むように!)。

災害とソーシャルメディア ~混乱、そして再生へと導く人々の「つながり」~ (マイコミ新書)
4839939411

つまり、2011年に起きたいろんなことは、「え!ええ!」っていうことよりも、「あ、やっぱりきたか」ということが多かったんじゃないかと思っているわけです。

▼スティーブ・ジョブスの代表的なプレゼンまとめ

家に戻ってきて、いろいろな情報をおいかけていくと、もう各方面いろいろなことになっていて、前準備をしていたとは思わないけど(アップル社内でも連絡は突然きたそうです)、でもその「うん、そうだよね」という追悼ぶりは、「え!」ではなく「きたか」というものであるように、なんとなく思えるわけです。

Sj00

 リンク: アップル.

Sj01

 リンク: Apple - 追悼 Steve Jobs.

Sj03

 リンク: Google.

だって、この10年、まさかスティーブ・ジョブス本人はこんなことになるってわかってなかったはずだけど、外に出るときはいつも同じ服装(イッセイミヤケの黒いセーター・リーバイスのジーンズ・ニューバランスのスニーカー)をしていてくれたおかげで、ぼくたちはずっとどこかで心の準備をしていたはずなんです。

まあ、それなりにややこしい性格をしているので、素直に献花に向かうことができる人たちをうらやましいと思いつつも、じゃあ自分は献花するのだろうか?と思うと、やっぱりやらないし、できないんだろうなと思います。

なんとなく理由もないんだけど、スティーブ・ジョブスの死を自分に近づけてしまうのは、ぼくにはできないんですよね。そこにこれという理由はありません。認めたくないとか、そんなことでも、もちろんありませんよ。

でね!

ここまでグダグダと書いてきたわけですが、実は私にとっては、スティーブ・ジョブスと言えばモダシンさんです。

SDIM0146

なぜそうなのか?ということについては、モダシンさんが書いてくれているので、それはここでは書きませんが、そういうことなんです。

モダシンさんに教えてもらうスティーブ・ジョブスの話ほど、面白くて、くだらなくて、示唆にとんでいるものを、他の人から聞いたことがありません。

それは、「われわれはテクノロジーと人間性の接点にいる」なんていう本人からの言葉以上に、いろいろなことを私に教えてくれるのです。

なので、要するに、これからもうモダシンさんから新しいスティーブ・ジョブスの話を聞くことができないのが、ぼくにはもうさみしくて仕方がないんです。

そうそう、ぼくとモダシンさんとスティーブ・ジョブスのスニーカーはお揃いですよ。

合掌。

スティーブ・ジョブズ I
4062171260

スティーブ・ジョブズ II
4062171279

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投稿:by 2011 10 07 01:01 AM [訃報] | 固定リンク

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