みたいもん

トップ > ウェブログ・ココログ関連 > ブログを10年続けるということと「自分の型」の話

いしたにまさきの新刊:HONDA、もうひとつのテクノロジー ~インターナビ×ビッグデータ×IoT×震災~ 01 それはメッカコンパスから始まったHonda、もうひとつのテクノロジー 02 ~インターナビ×GPS×ラウンドアバウト~ 運転する人をサポートすることHonda、もうひとつのテクノロジー 03 ~インターナビ×災害情報×グッドデザイン大賞~ 通行実績情報マップがライフラインになった日

HONDA、もうひとつのテクノロジー ~インターナビ×ビッグデータ×IoT×震災~ 01 それはメッカコンパスから始まった (カドカワ・ミニッツブック) Honda、もうひとつのテクノロジー 02 ~インターナビ×GPS×ラウンドアバウト~ 運転する人をサポートすること<「HONDA、もうひとつのテクノロジー」シリーズ> (カドカワ・ミニッツブック) Honda、もうひとつのテクノロジー 03 ~インターナビ×災害情報×グッドデザイン大賞~ 通行実績情報マップがライフラインになった日<「HONDA、もうひとつのテクノロジー」シリーズ> (カドカワ・ミニッツブック)

2013.02.27

ブログを10年続けるということと「自分の型」の話




Clip to Evernote

このエントリーをはてなブックマークに追加

2013年という年は、日本のブログにとっては10年選手がどんどん生まれる年になっています。

まずは、モダシンさんおめでとうございます。

で、その10周年記念エントリーにすごく大事なことが書いてあります。

 リンク: [祝]Modern Syntax10周年 - [モ]Modern Syntax.

これも「がんばって継続しなきゃ」じゃなくて単純に「面白いから」やっているだけなのですが、結果としていい方向に働いたと思います。で、これらを積み重ねることで結果としてブログが自分にとっての「歯磨きとトイレ」になったのがでかいです。つまり「毎日書かないと気持ち悪い」(歯磨き)し、「思った事をはき出さないと気持ち悪い」(トイレ)という人間になってしまった、ってことです。

そして、もちろんネタフルのコグレさんですね。

 リンク: [N] 「NAVERまとめ」の訪問者数がTwitterを抜いたらしいの.

ブログを書き始めてから10年ですが、この10年の間にも、ポーンと飛び出すものがあると、スーッと揺り戻しがあるのを見てきました。

これ、違うことを書いてあるようで、同じことを書いているわけです。

つまり、「自分の型を持っている人は、強い」ということです。

で、この型ってやつは、人に教わって作れるものじゃないんですね。成功パターンみたいのはありますけど、最後に踊りでいうと演者の個性というのが加わるので、毎日続けてことで、自分で発見していくしかないんです。

ということで、これからブログやりたい・再デビューしたいという人へのアドバイスは、「いいから毎日3ヶ月ブログを書け」ということになるんです。

で、ブログ再会1ヶ月で、その入口にたどり着いている人がいます。

 リンク: ブログの更新を1ヶ月弱続けてみたところ小さい丘に登れた。 - 新社会人・家入明子の日記.

毎日ブログを書いているとさすがに体が、なんとか形にさせることがわたしの勤めです、ということを覚えてくるのですね。…言葉が出てこないっ!うまく言えない!苦しい…!ってお仕事の文章を書くときはいつも思うけど、一方で最近は、苦しいけれどもきっとなんとか最後まで書けるはず!って思えるようになってきたので、わたしはなんだかちょっとブログの成果を実感しています。

「できないなあ」から、「ああ、できちゃうなあ」という質的変化は、毎日書くという量的変化の延長線上にしかないんですよね。

そして、一度「自分の型」さえ見えてしまえば、なんか匂いというか記事なるきっかけの入口を見つけるだけで、あとはするすると書けてしまうわけです。
そして、実はここにはいくつかの気持ちよさがあります。
  • 自分のいつもの型どおりにうまく決まったとき
  • 自分の型とは違うけど、うまくできたとき
  • あたらしい自分の型を発見したとき
なかでも、いちばん最後がいちばん気持ちいいわけですが、さすがにそこにたどり着くには、最短でも3ヶ月ぐらいはかかるだろうというのが、私の経験則なのです。ということで、あっこの夢がいつか叶うことを陰ながら応援しています。

さて、ついでなので、私の10年前のことも書いておきましょう。

10年前のきょうである2003年の2月27日は、私にとっては、メディア芸術祭の授賞式の日でした。

DSC00245

 リンク: 文化庁 | 芸術文化 | 文化庁メディア芸術祭等事業 | 平成14年度[第6回]文化庁メディア芸術祭 受賞作品.

「ライフスライスカレンダーとライフスライスワールドマップ」 作者:ライフスライス研究所[CG静止画, 日本] 贈賞理由 これだけITが普及してしまうと, 毎日10時間はパソコンの前で過ごす人も大勢いることだろう。この作品で提案されたカメラをぶら下げて自分の生活を省みるとしたら, そのほとんどの画像はパソコンのデスクトップばかりが映し出され, その単調な色彩にきっとへきえきとしてしまうに違いない。同じ繰り返しの毎日から逃れて色とりどりの生活をしましょうというメッセージをこのカレンダーから読みとることができる。パソコンから離れて野や街に繰り出そうよ, ということなんだろう。生活という体験そのものを5分おきに切り刻んで, 無意識のなかに忘却された「認識」や「記憶」を取りだす, というコンセプトが評価の対象となった。

この授賞式と、その後のパーティのことは、今でも覚えています。あの手のパーティで出てくるものとしては、あれ以上のものを食べたことがない肉(こういう時しか、こういう手間をかけたものは作れないんですって料理人さんが言ってた)。

既に亡くなられた岡本敏子さんもいらっしゃったし、高畑監督もいたし、クレしんは戦国で受賞していたので原監督もいたし、黒田硫黄さんもいたし、かわすみひろしさんもいたし…などなど。

DSC00247
↑しかし、10年前のデジカメの画質って、こんなものでしたね。

で、これがライフスライスとそれにまつわる出来事の最後のピークでした。この受賞からビジネス展開も含めていろいろとトライしましたけど、ブレイクすることはなく、例の社長のアレ事件も発生し、そしてドメインも失効となりました。

だから、私のブログのスタートは、2003年は実験の時期で、2004年1月が正式スタートであったわけです。つまり、ライフスライスの次を探して、ブログにたどりついたわけです。

ブログとしては、はじめたばかりでしたが、ライフスライスのおかげで、ログの重要性だけは、私は理解していました。

だから、ライフスライスはこれで終わったのではなかったのです。このライフスライスとそれを巡るデータで得た知見は、その後のウェブログやWebサービスを見ていく中で、私の中で役立ちまくりました。

言葉のない世界の写真のログデータと、約3年ほど格闘したわけ後ですから、言葉のある、そして人が参加して、記事まで書いてくれることなんて、はるかにわかりやすいわけです。

そして、ぐるっとまわって、先日新しいライフスライス端末としてmemotoのことを紹介しました

そこで注目していることも、新しいログデータが取れることではなく、新しいログデータを手にするユーザーが増えることに、わくわくしているのです。

つまりは、新しいループの誕生です。だから、同じかな?と思っても繰り返しかな?と思っても、時代もタイミングも違うのですから、ちゃんと自分の型でやり続けることが大事なのです。

私が、この10年でいちばん学んだことと言うのは、まさにこの「自分の型」をどう作るか、言葉を変えると「自分の成功パターン」を発見して、実践し続けることだと思います。

ネットで成功しているのは〈やめない人たち〉である
4774144681

« ブロガーがGoogle 著者情報プログラムを登録しておくべき理由と、アイコン画像における注意点 | トップページ | FujiのX20ブラックボディが欲しい、ローパスレスセンサー「X-Trans CMOS II」で遊んでみたい! »

投稿:by 2013 02 27 04:54 PM [ウェブログ・ココログ関連] | 固定リンク

トラックバック

この記事のトラックバックURL:

この記事へのトラックバック一覧です: ブログを10年続けるということと「自分の型」の話:

 
We are bloggers.